2015年5月28日木曜日

映画「チャッピー」レビュー(ネタバレ注意・映画内音楽についての追記アリ)

先週の土曜日、既に写真はUPしましたが幸運にも公開初日にチャッピーを観ることが出来ました!
公開前から大注目の作品だったので、最速で観ることが出来てとても嬉しかったです(*´ω`*)



チャッピー公式サイトはこちら。
http://www.chappie-movie.jp/



映画の概要を映画.comから転載しておきましょう。
http://eiga.com/movie/81798/
「第9地区」「エリジウム」のニール・ブロムカンプ監督が、「第9地区」同様に南アフリカ・ヨハネスブルグを舞台に設定し、成長する人工知能を搭載したロボットをめぐる物語を描いたオリジナルのSF作品。
2016年、南アフリカのヨハネスブルグでは、テトラバール社の開発した警察ロボットが配備されて注目を集めていた。
ロボット開発者のディオンは、自ら考え、感じる人工知能(AI)を独自開発し、スクラップ寸前の1台のロボットに密かにAIをインストールしようとする。
しかし、その矢先にストリートギャングに誘拐されてしまい、AIをインストールして起動したロボットは、ギャングの下でチャッピーと名付けられ、ギャングとしての生き方を学び、成長していく。
そして、ディオンのライバルでもある科学者ヴィンセントにチャッピーのことが知られ、その存在を危険視するヴィンセントによって、チャッピーは追い詰められていく。
ブロムカンプ監督の盟友シャルト・コプリーが、モーションキャプチャーによってチャッピーを演じた。
デブ・パテル、シガニー・ウィーバー、ヒュー・ジャックマンが共演。


という感じの内容です。
ニール・ブロムカンプ監督としては第9地区に続く二回目の南アフリカ、ヨハネスブルグが舞台の映画ですね。
南アフリカを舞台にすることの利点はやはりリアルさが出せるというところですかね。
実際に南アフリカに行ったことは無いですが、アパルトヘイトが行われていた国だけに差別する側、される側の描写がすごく現実味を帯びます。
ただ、これは他の監督がただ南アフリカを舞台にすれば出せる雰囲気では無くて、やはり南アフリカで育ったニール・ブロムカンプ監督でないと出せないでしょうね。


また、今回リアルさが出ている要因の一つとしてチャッピーを育てる両親になってしまうギャングの夫婦役に実際に南アフリカで活躍しているラップグループ、DIE ANTWOORDが本人役で出演している点です。
彼らのスタイルはZEFというらしくて、貧困層まではいかないんだけど中流階級でもない、労働者階級の南アフリカ白人の低俗な感じというのがテーマなんだそうです。
これはホントにナイスキャストで、二人のギャングな感じ、もうピッタリです!
今回の映画のキーポイントはギャングにチャッピーが育てられるという点なので、このギャングの人選は重要です。
また映画の中で流れる彼らの曲もカッコイイんですよね~
一気にファンになってしまいました(*´ω`*)


あと配役で素晴らしかったのはヒュー・ジャックマンとシガニー・ウィーバーですかね、やっぱり。
あ、チャッピーのモーションキャプチャーを担当してるシャルト・コプリーも勿論素晴らしいですよ。
完璧にチャッピーを演じきれてます。
話を戻しましょう、ヒュー・ジャックマンとシガニー・ウィーバーです。
ヒュー・ジャックマンはチャッピーを生み出すインド系の科学者のライバルなのですが、まぁこれが憎たらしい(笑)( ´∀`)
見事に嫌味な敵役を演じてます。
ヒュー・ジャックマンというとXメンのウルヴァリンのような良い側のヒーローというイメージが強いですが、今回はホントに自分の殺人マシーンを活躍させることしか考えてない、偏屈で嫉妬深い、いやーな役がスゴく似合ってます。
きっと、本人もそういうイメージを払拭する良い役をもらえて喜んでるんじゃないですかね?
でも、こういう奴会社に居るよね~的な共感をスゴく覚えるキャラクターでもあります。
体はごついし軍隊上がりという設定ではありますが、Tシャツに短パンという以外は普通の会社員ですし、超人的な力も無いので後半チャッピーにボコボコにされます(笑)( ´∀`)
シガニー・ウィーバーはロボット警官を売りこむ兵器会社のCEO、冷酷でビジネスライクなつまらない上司がスゴく良い感じです。
結局この二人は人工知能に対する理解も無く、まぁ敵のような扱いなのですが、でも今の時代そういう人の方が多いんじゃないでしょうか?
物理学者のスティーブン・ホーキング博士などが有名ですが、人工知能に懐疑的、人工知能を誕生させたら人類の終わりだ的な主張をしてる人はけっこう居るように思います。
まぁこの辺は内容に関わって来るので事項で詳しく書きましょう。


さて、内容に入ります。
まず、人工知能というある意味人智を超えた存在であるチャッピーにこれでもかと感情移入できてしまう点が素晴らしい。
これまで人工知能というとターミネーター、アイ・ロボット、直近ではトランセンデンスなどのように地球を破壊する人類は生きる価値なしと人類を抹殺する方向に動くパターンが多かったのですが、今回のチャッピーはそこまで行きません。
というより人工知能ということを感じさせません。
本当に生まれたばかりの赤ちゃんが幼児期を過ぎ成長し親に反抗し大人になっていくという過程を通ります。
外見はロボットですが、心を持っているのです、その点では人間と同じなのです。
なので、他の警察ロボットと見た目が同じというだけで理不尽に虐待されるシーンや自分の体のバッテリーが交換不能で5日間の命であることを知り「死にたくない!」と訴えるシーンはもう涙涙。゚(゚´Д`゚)゚。
とにかくチャッピーが可哀想で可哀想で。


この「人間も人工知能も本質は同じ」という主張は映画に一貫してあって、最後のどんでん返しもその総仕上げなのですが、この主張には大いに賛成です。
やはり人工知能も人間と同じように正しく育てる必要があるのだと思います。
映画のようにギャングが育てればギャングのようになってしまうのです。
逆に人間が本当に人間に必要な存在として人工知能を育てれば、人間と人工知能が共に手をとって繁栄する未来も訪れると思います。
そういうポジティブシンキングな人工知能の捉え方に僕は賛成ですね。


あとは最後のどんでん返しですかね。
後半チャッピーは他のロボットに自分の魂を移植することで生き残ることを思いつき、脳波を読み取ることで魂のデータ化を試み、これに成功します。
チャッピーを破壊しようとするヒュー・ジャックマンが操るムースというメタルギアソリッドに出てきそうなロボットを辛くも倒し、チャッピーは魂のデータ転送を試みます。
しかし、その対象に選んだのはチャッピーではなく銃で撃たれ瀕死のチャッピーの生みの親の博士。
チャッピーは「自分は死んでも良いけど博士はダメだ」と博士を救うことを選びます。
このくだりはチャッピーが「自分は替えの効く存在だけど博士は替えは居ない、だから博士が生き残るべき」、と覚悟を決めるシーンでグッと来ます。
そして博士の魂はデータ化され警察ロボットに移植。
博士は警察ロボットとして新しく生まれ変わります。
そして、博士は無線経由で魂のデータ転送が出来るのでは、と思いつきチャッピーの魂をすこし離れた場所にある警察ロボットに転送。
晴れて、チャッピーも新しい体を手に入れます。
二人(二体)は戦いでママを亡くしたパパの元へ急ぎ、戦いの前にママの魂をデータ化したUSBメモリを元に工場の生産ラインを遠隔操作し、今度は顔のパーツをママの顔に似せた第二世代のロボットを作り出します。
そして、ママロボットが眼を開けたところで映画本編の終了。


いやー、この最後10分くらいの超展開っぷりは凄かったですね。
見終わった後まさに( ゚д゚)ポカーン 状態(笑)( ´∀`)
ただ、このラストのどんでん返しはこのくらいアッサリしている方が良いのかもしれません。
他の監督だったら、それこそトランセンデンスの監督だったらこの最後のどんでん返しをクライマックスにして、これでもかとゴテゴテに作っちゃうところなんでしょうが、ニール・ブロムカンプ監督は超アッサリ塩味でこのどんでん返しを料理しています。
恐らくこの最後のシーンで監督は明確な主張をしたいとは思って居ないんだと思います。
それよりも、見終わった後に観客が最後のシーンを好きなように解釈してほしいと思っているのかな~と。
監督がホントに言いたいことがあるならあんなにアッサリしないはずですからね。


あくまでもこの映画のハイライトはチャッピーとムースの戦闘シーンです。
もうこれでもかというアクション。
超絶カッコ良かったです!
やっぱりこの監督はアクションシーンが抜群に素晴らしい。
それまでストーリーが淡々と進んでいくが故に、この最後の戦闘シーンで溜まった鬱憤を一気に解消できる感じですね。
同時にチャッピーの怒りも表現できていて、戦闘シーンにもちゃんと意味があるというのも素晴らしいですね。
この映画の中で最後のシーンは必要不可欠なのです。


チャッピーの怒りという点で付け加えると、今回の映画でチャッピーの喜怒哀楽というものが上手くストーリー上で表現されます。
このことでよりチャッピーに感情移入できます。


話を戻しますが、最後のシーンに対する僕の解釈を話しましょう。
前の方で述べましたが、やはり「人間と人工知能は本質的に同じ」ということなんだと思います。
もうロボットの体に入ってしまえば、元が人間だろうが人工知能だろうが外見上は見分け付かない訳ですからね。
その他大勢の人間は勿論区別するでしょう。
しかし、チャッピー、博士、パパ、ママの4人は体を交換したり魂を転送することでお互いの本質、人格、魂というものが不変であることを体で理解します。
こういう映画表現はとても新鮮ですね。
人間と人工知能は相容れないもの、敵同士で戦い合うという設定が今までのパターンだったからこそ、この映画のように人間と人工知能が溶け合い融合するような表現はとても新鮮で刺激的でしたね。
まぁ余りに尺が短くアッサリしてるので、映画を見ている段階でそこまで思いを馳せるのは難しいかもしれませんが。
でも、映画を見た後にそういう哲学的な問いを自然と考えてしまうこの映画は深いなぁと思いました。


そうなってくると、一緒に見た友達とも話したのですが、チャッピー2が非常に見たくなるんですよね~!
あのラストシーンのあと、チャッピー、博士、パパ、ママがあの世界でどう活躍するのか。
恐らく逃亡生活を送ることになるでしょうね。
それが明るみに出て、チャッピーがテレビ記者なんかに取材を受けて、南アフリカだけでない世界の政治問題に発展するとか!
それこそ、この段階で初めて人工知能は人類の味方か、敵か、なんて問題も出てくるでしょうね。
あとは人間の体を捨ててロボットになりたがる人も出てくるでしょうね。
ロボットもどんどん洗練されて、人間と全く同じ見た目のロボットも出てきたりして。
アンドロイドっていうんですかね?
で、保守的な人間が人間の世界に隠れているロボット狩りを始めたりとか!
いやー、妄想が膨らみまくりですな(*´ω`*)


チャッピーをこの映画一本の活躍に留めておくには非常に勿体無い!
チャッピーというキャラクター自体の魅力もハンパないですからね!
チャッピー家に一台欲しいわ(笑)( ´∀`)


あ、個人的にこの映画に不満というかちょっと疑問が残る点が無いわけではありません。



まずこれはトランセンデンスの時にも感じた違和感なのですが、本当に人間の魂は脳波のデジタル化だけで再現可能なモノなのか?
僕の感覚では脳波はあくまでもその時々に脳が活動している状態を現しているだけで、そこに人間としての人格や性格、または記憶といったモノが含まれているのか、という疑問が残ります。
たとえば電池で言えば、脳波は電流のようなものだと思うわけです。
そうすると、例えば電池の形状や色、メーカー、電池がどのように使われてきたかといった情報は電流に現れますか?
現れないですよね。
リラックスすると人間はα波を出すとか言いますが、これだって脳波がその時の脳の活動状態としてα波という形で現れているだけで、それ以上の意味はありません。
まぁこの辺はこの映画やトランセンデンスに関わらず、学問的に脳科学全体の問題でもあるので、しかも答えが出ているものでもないので、コレ以上踏み込んだことは現状では言えないんですよね。
コレばっかりは学問の進歩を待ちたいところです。



次は技術的な疑問なのですが、人間の脳波はまだあのヘッドギアで読み取ることが出来ると思うんですよ。
でも、チャッピーはムリだろうと(笑)( ´∀`)
あのロボットの頭のどこに脳波が流れてるんですかね?
あのロボットだってCPUがあってHDDがあって、中身はパソコンですよ?
最初に起動する時だってカリカリ音を立てて目の部分に起動時の読み込み画面が流れたりしますからね。
パソコンは電磁波を出すかもしれませんが、脳波は出しません。
こればっかりはいかにチャッピーがキーボードを超速でタイピングしてプログラムをいじろうが解決する問題ではありません。
まぁ①と同様この②も突っ込んだらそこであの映画終わっちゃうんですけどね(笑)( ´∀`)



人工知能は本当に人間と同じ成長過程を経るのか?
これも分かってないですね。
まだ完全な人工知能の作成に成功してないですからね。
なので、この映画のように人工知能が人間と同じように成長するという可能性もあって良いと思います。
人工知能だからと言って不完全な人間と違って完全な存在なのだ、という主張もアリだとは思いますが、この映画のチャッピーのように可愛く成長する人工知能もあって良いと思います。
むしろ、こういう感情移入できる人工知能の方が人間にとって大事なのかなと思いますね。


ということで、超絶長い映画レビューとなりましたが、いかがだったでしょうか?
ここまで長文を読んで下さり、ありがとうございましたm(__)m
僕はこのチャッピーという映画、上に書いた3つの突っ込みどころがあるとは言え、素晴らしい哲学的な問いを含んだストーリー、しかしそれを意識させないエンターテイメント性、手に汗握るドハデな戦闘シーン、ホントに素晴らしい映画だと思いました。
点数を付けるとしたら90点くらいですかね?
僕は本当に素晴らしい映画は「何度も見たくなる映画」「DVDを手元に置いておきたくなる映画」だと思っているので、その点ではチャッピーは2つとも満たした素晴らしい映画だと思います。
次にニール・ブロムカンプ監督はエイリアン5の監督をすることが決定していますが、いやー今から楽しみで仕方ないですね(*´ω`*)
プロメテウスという超絶イミフ映画を作りボロクソに叩かれたリドリー・スコット監督と違い、ニール・ブロムカンプ監督は複雑なストーリーをまとめあげ、かつ極上のエンターテイメント映画に昇華する才能を持った監督なので、この監督がエイリアンを作ったらどうなるのか?((o(´∀`)o))ワクワク
もちろんエイリアン5だけでなく、監督の世界観を活かしたオリジナル作品も楽しみですね。
では、この辺で。


<追記>
アツく語りすぎてもう一つ書きたかったことをすっかり忘れてました(笑)( ´∀`)
事前の宣伝も無く僕も映画見るまで全然知らなかったことなのですが、チャッピーの音楽を担当してるのがまさかの「ハンス・ジマー」なんですよ!
エンドロールだったかな?
音楽:ハンス・ジマー
って出てきて「マジかよ!?」ってなりました(笑)( ´∀`)
でも、確かに映画を思い出せばハンス・ジマーの音なんですよ。
いや~、すげー嬉しかったです(*´ω`*)
ハンス・ジマーという人はハリウッド映画界では超有名な音楽家で、僕の大好きな映画「ザ・ロック」や「パイレーツ・オブ・カリビアン」などの音楽を担当していて、最近ではこれまた僕の大好きなクリストファー・ノーラン監督作品、バットマン3部作や「インセプション」、「インターステラー」などを担当しています。
僕はクリストファー・ノーラン監督の大ファンなので、自然とハンス・ジマーも好きになったんですよね(*´ω`*)
この人にしか出せないダークで重厚な雰囲気の音楽はリアリスティックを追求するクリストファー・ノーラン監督や今回のニール・ブロムカンプ監督にはピッタリだと思います。
いや、しかしまさかチャッピーの音楽がハンス・ジマーだとは夢にも思わず、こんな僕が待ち望んでいたコラボが実現するとは!
今後もニール・ブロムカンプ監督作品の音楽を担当して欲しいですね~切に願います(*´ω`*)
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